ロシアがウクライナで軍事作戦を開始して2ヶ月が経とうとしています。マスコミは連日のようにウクライナ国内の様子を映像で伝えていますが、それらは子どもたちの目に触れさせたくないような凄惨なものばかりで、子どもたちがこれらの映像からどれだけ心的影響を受けているのか、心配でなりません。コロナによって世界中が苦しんでいる最中に、こうした戦争を始める国の統治者がいったい何を考えているのか、我々一般人には到底理解しがたく、「なぜ人間は過去の過ちを忘れ、愚かなことを繰り返す生き物なのだろうか…」と、自分が人間でいることに悲しみすら感じてしまいます。大人がそう感じているのですから、コロナで社会が一変したことに加え、こうした世界秩序に対する不安が加わったことへの子どもたちの心的ストレスは図りしれないものがあるでしょう。
このように世界が重苦しい空気に包まれている中、私は年度初めの授業で、音楽を学ぶ意味について、次のことを重点的に話しました。
①音楽は世界の共通語であること
②音楽は人を慰め、勇気づける「心のクスリ」であること
①については、音楽が言語の壁を乗り越えて、人と人との「心」をつなぎ、無意味な憎しみやわだかまりを消し去ることができるものだ、ということを話しました。
まず子どもたちに見せたのが、この映像です。
ウクライナの地下壕で一人バイオリンを演奏する若者、イリア・ボンダレンコさん。多くの爆撃にさらされ、どんなに不安な日々だったことでしょう。爆音が轟く地下室の中でたった一人でバイオリンの演奏をはじめ、その様子をYoutubeにアップします。すると、その演奏を聴いた世界中の音楽家たちが、その演奏に重ねて演奏をはじめ、世界中に音楽の輪が広がっていきます。このウクライナの若者は、この動画を通して世界中の人々に支えられていることを感じ、どんなに勇気づけられたことでしょう。音楽が人と人との心をつなぎ、音楽の力で傷ついた人の心を癒やそうととする、本当に素晴らしいエピソードであると思います。
そして、こんなエピソードも話しました。こちらは第一次世界大戦の時の出来事です。
クリスマス・イヴに誰かが「きよしこの夜」を歌い出す。すると、それが大合唱となり敵方の陣地にもきこえる。すると、敵方も自分達の言葉で「きよしこの夜」を歌い出す。お互い気持ちの良いクリスマスを過ごしたかったのでしょう。そのことがきっかけで翌日のクリスマスの日は、上司の命令を無視して両軍は戦争をしないことにしました。悲惨な戦争の中で奇跡的に起こった、音楽がきっかけで生まれた心温まるエピソードです。(残念なことに戦争はこの出来事からもさらに4年も続いてしまいます。諸説あるようですが、歌がきっかけとなって休戦となった場所があるのは事実のようです。)
日本では「ビルマの竪琴」という竹山道雄さんの小説で描かれた同じような話が有名です。日本兵が敵を油断させるために「埴生の宿」という歌を歌いながら戦闘の準備をしていたところ、敵が母国語でその歌声に合わせて歌い始め、戦わずして相まみえ、無用な戦いが行われずに済んだという話です。たとえ言葉が通じなかったとしても、音楽が共通語となり、心と心が通じ合うことによって、相手を思いやる心が芽生え、戦うことを馬鹿らしく感じさせる…そんな力も音楽はもっていることを話しました。音楽を学ぶ、ということは、人間誰しもがもっている、いわば「心の言葉」を学ぶということ…こんな苦しさに満ちあふれている世界だからこそ、子どもたちに知ってもらいたいことであると思っています。
また②の「心のクスリ」については、教師として長い間、子どもたちに伝えてきた言葉です。
音楽には、人の心を解放し、全身の筋肉を弛緩させ、安らぎをもたらす心理的効果があります。また、中には体内へのドーパミンの放出を促し、やる気や勇気が湧いてくるような音楽もあるでしょう。
子ども達はこれからも様々な予測不可能な出来事によって、今以上に苦境にさらされることがあると思います。そのような時に、「自分だけの音楽」を傍らにもっていることで、心へのダメージをいくらかでも減らすことができたら…そう思うのです。
6年生に「そんな音楽、もってる?」と尋ねたところ、クラスの半分ぐらいの子が手を挙げました。卒業する頃までに、みんなが自分の音楽をもっている…そんな子ども達に成長してくれたらと思っています。
こんな時だからこそ、音楽が人と人とをつなぎ、心の支えとなる…そのことをしっかりと子ども達に伝えていきたいと思っています。
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